一般財団法人日本情報経済社会推進協会

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2023.12.22

レポート

JIPDECレポート「DFFT促進の現況と課題」

元 一般財団法人日本情報経済社会推進協会
上河辺 康子

はじめに

信頼性のある自由なデータ流通(Data Free Flow with Trust、以下、DFFT)は、日本が国際社会に向けて提唱したデータ利活用の在り方を示す概念であり、提唱後は国際的な議論の論点として定着してきた。また、気候変動、COVID-19のパンデミック、ウクライナ情勢、生成AI利用拡大等を通じて、データ越境移転の必要性及びその国際的な規制の在り方に関わるDFFTは、ますますその重要性を増していると考えられる。今回は、DFFTに関する国際的な議論の経緯をふまえ、DFFT推進に向けた取組みの進捗と課題を検討したい。

1.日本によるDFFTの提唱

DFFTは、2019年1月の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)における安倍総理大臣(当時)の演説において言及された1。その意味は、「デジタル時代の新たなIT政策大綱」(2019年6月7日、高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部・官民データ活用推進戦略会議)において、“プライバシーやセキュリティ・知的財産権に関する信頼を確保しながら、国際的に自由なデータ流通の促進を目指すというコンセプト”2と説明された。

さらに、同年6月のG20大阪サミット(議長国:日本)の成果文書であるG20大阪首脳宣言にDFFTが盛り込まれ、DFFTは各国が共有するところとなった。G20大阪首脳宣言では、DFFTはデジタル経済の機会を活かすものとされ、“データ、情報、アイデア及び知識の越境流通は、生産性の向上、イノベーションの増大及びより良い持続的開発をもたらす一方で、プライバシー、データ保護、知的財産権及びセキュリティに関する課題を提起する”3とし、国内的及び国際的な法的枠組みの双方が尊重されることの必要性や、異なる枠組みの相互運用性に言及された。

2.DFFTのための協力体制の構築

DFFTは、日本による提唱後、国際的なデータ流通のあるべき姿として、G20、G7の国際会議の場において議題に挙げられてきた。G20は、2020年以降も首脳宣言等でDFFTに言及してきた。2023年は、インドがG20の議長国を務め、G20デジタル経済大臣会合の成果文書及びG20ニューデリー首脳宣言では、デジタル公共インフラの相互運用の観点からDFFTを実現することの重要性に言及された4

G7では、DFFT具体化に向けた協力体制の構築が 進められてきた。2019年8月のG7ビアリッツサミット(議長国:フランス)の成果文書「開かれた自由で安全なデジタル化による変革のためのビアリッツ戦略」では、DFFTはデジタル化による変革の機会を活かすものとされ、G20大阪首脳宣言と同様、国内及び国際的な法的枠組みの双方が尊重されることの必要性や、異なる枠組みの相互運用性に言及された5。2021年6月のG7コーンウォールサミット(議長国:英国)の首脳コミュニケを通じて「信頼性のある自由なデータ流通に関する協力のためのG7ロードマップ」が承認された6。このロードマップは、同年4月のG7デジタル・技術大臣会合での成果物7であり、2021年Q2からQ4の簡略なロードマップと協力の主要分野を示した。このロードマップに基づき、各国の規制協力のためデータ保護・プライバシー保護機関(以下、DPA)による会合として「G7データ保護・プライバシー機関ラウンドテーブル」(以下、DPAラウンドテーブル)が、2021年9月に、G7議長国である英DPAを議長に開催された。会合の結果、翌年のG7議長国であるドイツのDPAが再びDPAラウンドテーブルを開催することが合意された8。2022年6月のG7エルマウサミット(議長国:ドイツ)の首脳コミュニケにおいても、同年5月開催のデジタル大臣会合の成果である「信頼性のある自由なデータ流通の促進のためのG7アクションプラン」9が承認され10、同年9月にドイツDPAを議長に第2回目のDPAラウンドテーブルが開催され、翌年のG7議長国である日本の個人情報保護委員会が次回DPAラウンドテーブルを開催することとされた11

2022年から2023年にかけて顕在化した生成AIの利用拡大は、デジタル分野におけるエポックメイキングであり、G7における議論にも大きな影響を与え、2023年5月のG7広島サミットの議論を通じて広島AIプロセスの発出に至ったが、G7におけるDFFT具体化に向けた議論も維持された。G7広島サミットの首脳コミュニケでは、2023年4月のG7デジタル・技術大臣会合の成果である「DFFT具体化のためのG7ビジョン及びそのプライオリティに関する附属書」12及びDFFT具体化に向けたパートナーシップのためのアレンジメント(IAP:the Institutional Arrangement for Partnership)の設立13が承認された14。IAPは、ステークホルダーと関連するデータ保護当局を含め、様々なバックグラウンドを持つデータガバナンスに関する専門家からなるコミュニティを結集することとされ15、何らかのコミュニティの設立が想定されている可能性がある。日本は、G7広島サミット後、北欧諸国とDFFT及びIAPに関する意見交換を行い、賛同を得たとしている16。また、2023年6月に開催された第3回DPAラウンドテーブルのG7 DPAコミュニケ及びG7 DPA行動計画では、柱の第一にDFFTを挙げ、IAPを支持する方向性を示すとともに、次のG7議長国であるイタリアのDPAが次回DPAラウンドテーブルを開催予定とされ、G7のDPAラウンドテーブルも継続する見込みである。

  • 5 開かれた自由で安全なデジタル化による変革のためのビアリッツ戦略 6項
  • 6 G7カービスベイ首脳コミュニケ 34項
  • 7 2021年G7デジタル・技術大臣会合 大臣宣言 附属書2
  • 8 2021年G7データ保護・プライバシー機関ラウンドテーブル コミュニケ 将来に向けて 第1段落
  • 9 2022年G7デジタル大臣会合 大臣宣言 附属書1
  • 10 2022年G7首脳コミュニケ デジタル化 第7段落
  • 11 2022年G7データ保護・プライバシー機関ラウンドテーブル コミュニケ 44項
  • 12 2023年G7デジタル・技術大臣会合 閣僚宣言 附属書1
  • 13 2023年G7デジタル・技術大臣会合 閣僚宣言 13項
  • 14 G7広島首脳コミュニケ 39項
  • 15 2023年G7デジタル・技術大臣会合 閣僚宣言 附属書1 2項
  • 16 「河野デジタル大臣がフィンランド共和国、スウェーデン王国、エストニア共和国へ出張しました」(デジタル庁 2023年7月18日)

3.DFFTの論点

2021年から2023年のG7デジタル大臣会合におけるDFFTの主たる論点は、①データローカライゼーション、②規制協力、③ガバメントアクセス、④データ共有である。

DFFTは、国境を越えてデータを移転しかつ保護することにより、経済成長とイノベーションを促進する立場である。このため、国境を越えたデータ流通に影響を与える可能性があるデータローカライゼーションへの対応(論点①)、国境を越えたデータ流通に向けた国内の規制アプローチの違いへの対応(論点②)、政府による民主主義的な価値と法の支配に基づく個人データへのアクセス(論点③)に取り組むとともに、国際的な共通課題に関するデータ共有を促進しようとしている(論点④)。

論点①については、DFFTは、日本による提案当初より、デジタル貿易の拡大を想定していた。このため、デジタル大臣会合におけるDFFTの議論においても、貿易分野を考慮していると考えられる。実際に、日本とEUは、2022年10月より日・EU経済連携協定に「データの自由な流通」に関する規定を含めることに関する正式交渉を開始した17

論点④データ共有は、COVID-19のパンデミックを通じて、実現の必要性がより明確になったと考えられる。2022年は国際データスペースに言及されたが、この背景には欧州が進めた独自のデータインフラ構築(GAIA-X)があると考えられる。2023年は、データ共有の優先分野としてヘルスケア、グリーン/環境、モビリティを挙げている。この分野において、日本は、電子文書の発行元を証明するトラストサービスであるeシールについて、日本とEUのeIDAS規則に基づくeシール等の国際相互認証に向けた検討を開始している18

表1.G7デジタル大臣会合におけるDFFTの論点

1 G7「信頼に基づくデータの自由な流れに関する協力のためのG7ロードマップ」を参考に作成
2 G7「信頼性のある自由なデータ流通の促進のためのG7アクションプラン」を参考に作成
3 G7「DFFT具体化のためのG7ビジョン及びそのプライオリティに関する附属書」を参考に作成

4.DFFTにおけるDPAの役割

DFFTは、日本による提案後、G7を中心に協力体制が構築され、具体化に向けた検討が進められてきた。特に、前述の論点のうち、①データローカライゼーション、②規制協力、③ガバメントアクセスについては、G7各国のDPAの協力体制のもとに対応が進められてきたと考えられる。

論点②規制協力については、DPAラウンドテーブルの開催などの協力体制も規制協力の一部であり、また、G7のDPAは、規制協力に向けて、生成AI等の先端技術、プライバシー強化技術(PETs)の検討、OECD等の国際機関との連携に取り組んでいる。 G7のDPAは、2023年のDPAラウンドテーブルを 通じて、DFFTの促進に向けて次の事項に取り組んでいる。

(1)データ移転ツール

データ移転ツールの相互運用性の促進に向けて、 CBPRなどの認証システムやモデル契約状況等の比較分析を行い、2024年にかけても継続するとしている。このようなデータ移転ツールの相互運用性の促進は、論点①データローカライゼーションの対策につながると考えられる。

(2)ガバメントアクセス

論点③ガバメントアクセスについて、G7のDPAは、「OECDの民間が保有するデータへの政府のアクセスに関する宣言」(2022年12月)を支持した。宣言は、ガバメントアクセスが、各国の法的枠組みにより規制されることや、正当な目的のために実施されること等の原則を示している。

5.DFFT促進に向けた課題

DFFT促進に向けた論点の背景には、デジタル経済においても法の支配と民主的価値、人権尊重を重視し、かつ気候変動やパンデミック等のグローバルな課題に対応しようとするG7の姿勢があると考えられる。しかし、DFFT促進に向けては、G7を超えて、諸外国や国際機関の協力が必要であり、具体的な協力体制の拡大は、DFFT促進に向けた課題と考えられる。マルチステークホルダーによるIAP設立は今後の協力体制整備に向けた布石と捉えることもできる。日本は、2023年3月に「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」のための新たなプラン」の取組み例としてDFFT推進のための途上国の法整備・基盤整備等支援を挙げ19、2023年9月の日ASEAN包括的連結性イニシアティブにおいても、ASEANへのインフラ整備支援を通じたDFFT推進を掲げている20

アジア太平洋を含むインド太平洋地域との協力関係の構築の在り方は、従来より課題として認識されてきた。アジア太平洋地域の国と地域の経済協力の枠組みであるAPECが2017年に採択した「APECインターネット・デジタル経済に関するロードマップ(AIDER)」21や、2022年5月に米国主導で立ち上げられたインド太平洋14カ国の経済枠組みである IPEFは、日本が提唱するDFFTと同等の方向性を含むと考えられる。2023年のAPEC(議長国:米国)においても、APEC首脳宣言において、個人情報保護やデジタル貿易等の分野においてAIDERの加速化を推奨する22ことが引き続き示され、また、同じタイミングで米国で開催されたIPEF首脳会合では、主要な4つの柱のうち、デジタル貿易を含む貿易分野23を除く3分野での成果が示される形24となり、データ流通分野のインド太平洋地域との協力関係の構築は途上にあるといえる。

おわりに

DFFTは、2019年に日本が提唱し、G7、G20を中心に共有され、2023年G7サミットでは、G7に留まらないマルチステークホルダーによるIAPを設立する方向性が示された。この間、デジタル分野においては生成AIの利用拡大を通じた、プライバシー、偽情報、知的財産権の在り方などがグローバルな課題となったが、DFFTは、生成AIを含むデジタル分野の課題検討の基盤となる概念と考えられる。G7のDPAの取組み等を通じたDFFT推進が、今後どのように世界に展開されるのか、引き続き動向を注視したい。

著者
元 JIPDEC 上河辺 康子

- ヘルスケアサービスにおけるデータ利活用に関する調査
- 企業情報化動向調査
- JIS Q 15001原案作成団体事務局 など

■協会外の主な活動
‐プライバシーマーク主任審査員
‐プライバシーマーク審査基準委員(保健医療福祉分野)
‐ヘルスケア・PHR関連団体参加