一般財団法人日本情報経済社会推進協会

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2014.06.03

レポート

海外の公共医療のデータアナリティクス

株式会社 デジタルコンサルティング本部
アクセンチュア アナリティクス
日本統括マネジング・ディレクター 工藤 卓哉 氏

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ニューヨークの公共医療プロジェクトに携わった経験や日本糖尿病協会の有識者委員を務めるなかで、日米間では、保険制度の構造の違いにより医療情報に対する意識の違いが大きく、日本ではアメリカに比べて予防医療の施策が進んでいないと感じている。今回のセミナーでは、ニューヨークの公共医療プロジェクトの事例を紹介するとともに、アメリカとの比較も踏まえて日本の医療政策や医療情報利活用に対する所感をお話したい。

ニューヨークでのPrimary Care Information Project(PCIP)の取組み

ニューヨーク市で私が携わった、貧困層向けの予防医療(外来患者の主治医制度)をターゲットとしたPrimary Care Information Project(PCIP)開始の背景として、アメリカには、日本のような国民皆保険がなく、私的保険を個人が購入したり勤務先が福利厚生の一環として提供したりする私的保険制度が市場として成り立っている。保障内容は保険により異なり、自身の負担額に直接跳ね返るため、アメリカ国民は、保険のプロシージャーや保障内容を日常的に認識しており、医療情報へのニーズと情報収集、自身の医療データ管理へのモチベーションが日本国民よりも高い。一方で、私的保険に入れない貧困層は、慢性疾患にかかっても病院に行かず、重症化してしまう傾向があり、社会保障費の増加につながっている。日本も慢性疾患の重症化という点では類似の課題を抱えており、予防医療により歳出を抑えることができる。
税収を使うと、市民から不公平だという声が出るおそれがあるので、PCIPの初期投資額90億円は、論文執筆等で獲得した助成金を充てた。実施にあたり、レセプト情報と医療機関連携により他の医療機関への患者の流出を懸念する声もあったが、それらを超えた便益を市民にもたらした。

PCIPの実績と派生効果

実績として、ニューヨークの人口の約半分ほどの500万人ほどの患者情報を収集し、20万人の生活習慣病の患者に適切な治療プロセスで治療を行い、患者一人あたり年間50ドル近く(想定1億ドル以上)の医療費を削減できた。また、PCIPにおける、診療情報の統計学的・医学的分析とEHR(Electronic Health Record)システムにより、問診データ工夫によるデータの質の改善、薬の処方時に危険な交互作用を持つものについてはアラートを出すなどの医療事故防止機能の拡充、関係機関との連携による他州の疫病発生時の予防医療などを行った。
派生効果としては、省庁間での情報連携により、リアルタイムで収集した診療情報からの流行度分析による、迅速な休校措置の実施などのパンデミック・感染症対応や、軽犯罪刑務所における、過去検査情報を参照した重複検査回避による検査費用の削減などを実施できた。また、医療情報以外の市民の属性情報の連携により、貧困層への助成金付与をはじめとした事務処理効率化などのコネクテッドヘルスの取組みにつなげることもできる。データを構造化し分析することで、公共医療の分野でできることはたくさんある。

ニューヨークにおけるPCIP成功の要諦

PCIP成功の要諦としては、以下の3つの面から診療情報の収集から利活用までを包括的に支援できたということがある。

1.PCIP参加医療機関の負担抑制施策
ニューヨークの全ての診療所でひとつのクラウド型EHRシステムを共有したことにより、初期費用、維持費用が安価であった。同時に、州の特例措置によりEHR不参加の医療機関への診療報酬ポイントの削減といったペナルティとデータを利活用し予防医療に貢献した医者へのボーナス付与など、EHR導入状況に応じたインセンティブを行った。また、病院のシステム導入のハードルを下げるため、業務プロセスの変化に対する不安解消やヒアリングに基づくきめ細やかな導入サポートや、財務面でのサポート、研修実施・相談窓口設置などITリテラシーのサポートなどを行った。

2.社会基盤(生活のインフラ)としてのEHRの提供
各医療機関が個々に持つ既存システムの最大公約数的な標準化ではなく、ニューヨーク市政府からのトップダウンによるシステム共有で、医療情報を標準化し利用した。社会基盤(生活のインフラ)としてEHRを提供するという側面を強調し、医療の質を向上するサポート機能として、患者が問診票に入力した項目から罹患している恐れのある病名のアラートを出すことにより医師の治療を支援する「Clinical Decision Support」、医師の評価と情報公開を促進する「Clinical Quality Improvement」、患者への情報提供とセルフケアを支援する患者ポータル「patient portal」を充実させた。

3.個人情報を保護する仕組み
HITECH法に基づき、原則、市は匿名化された情報のみを管理・利用し、情報収集の際には、HIPAA(Health Insurance Portability Accountability Act)のコンセントフォームからオプトイン・オプトアウト型で匿名化情報の利用に関する同意を取得した。データは、製薬会社への販売やマーケティング目的での利用は行わず、医療学会の論文執筆など公共医療の目的で利用した。また、データセンターを設置したマサチューセッツ州との法律の違いにも、行政機関間の連携と特例施行、データの匿名化処理など技術的対策により対応した。

日本における医療分野でのデータ利活用に向けて

アメリカでも、メディケア(高齢者への保険負担制度)・メディケイド(保険に加入できない貧困層への支援)といった公的医療保険の費用が州や政府の財政歳出を圧迫している側面があるが、日本でも社会保障費、特にこのうち医療費が占める割合は増大を続けている。
日米間では保険制度の構造や医療情報に対する意識が異なるほか、日本の医療政策に係る特徴として、診療報酬データが報酬と結びついており、診療報酬の点数の高い分野に力を入れる傾向が見られる。また、医療機関連携による患者流出の懸念も残っているようだ。
日本の予算の大半は、医療保険制度の運営、介護サービスの向上に配分され、予防・健康管理の推進等に割かれる予算は全体の2%弱に留まるが、このなかでしっかりと医療の情報化戦略を進めていけると良いと考える。
日本の医療情報化政策では、レセプトデータ電子化の議論が多く、アメリカと比べて予防医療の議論が少なく、カンファレンスや学会での発表についても、製薬業者は積極的である一方、公共政策を行う立場の自治体による発表はあまり行われていないと思われる。予防医療の促進と、そのなかでの医療情報の利活用は、社会保障費の歳出抑制にもつなげられるため、今後日本でも検討が進むことを期待する。

  • 2014年6月3日 第40回電子情報利活用セミナー「医療・福祉とデータアナリティクス」