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2022.06.06

レポート

DFFTの具体化を加速する経済産業省 商務情報政策局 総務課 国際室の取り組み

~ インタビュー取材  経済産業省 国際室 目黒統括補佐 ~

JIPDEC 電子情報利活用研究部 主席研究員 水島 九十九

1.はじめに

2019年1月に行われた「ダボス会議」にて、安倍首相は自由で公正かつ安全のための、信頼ある自由なデータ流通 「DFFT:Data Free Flow with Trust」 の概念を提唱した。その後も日本政府は関係文書にDFFTを継続して盛り込んでいたものの、外国ではあまり知られことなく3年が経過した。しかし今年になり、OECDにて議題に取り上げられ、5月のデジタル大臣会合でも宣言書やアクションプランに盛り込まれ、海外の有識者からも注目される状況に大きく変化していった。
本レポートでは、日頃からCBPR認証制度で連携している経産省の商務情報政策局・国際室において、DFFT具体化を担当する目黒麻生子・統括補佐にインタビューを行い、現状の取り組みや今後のDFFTの具体化における考え方などをお伺いした。

2.これまでのDFFT を取り巻く状況(2019年~2021年)

安倍首相は、2014年以来5年ぶりにスイス・ダボスの世界経済フォーラム(WEF)年次総会に出席し、「希望が生み出す経済、新しい時代に向かって」と題した演説を行った(*1~3)。その中でDFFTについて、第4次産業革命やSociety5.0を目指すためにイノベーションを続けること、そのためにデータの利活用を促進すること、DFFT 「信頼に基づく自由なデータ流通」がまさにイノベーションの基盤であること、などを強調した。
現地では米国や中国のトップが参加しなかったこともあり、安倍首相の存在感が目立っていたと伝えられた。更にそれまでルールがなかった事から、新しいデータ流通のルールを構築するという取り組みは、世界から注目を浴びることとなった。

その後も、日本がG20の議長国を務めたG20大阪サミット(2019年6月)まで、メディアでも「DFFT」に注目した記事が良く見られた。しかしながら大阪首脳宣言以降は、国内でも「DFFT」 というキーワードを見かけることが数えるほどとなった。
またダボス会議やG20大阪サミットの当時、外国からの反応としては以下のような状況であったと認識している。DFFTのコンセプトが他国から賛同を得られず、上手くグローバル展開することが困難であったように見受けられた。

欧州

DFFTのT(トラスト)とは正にGDPRであると発言

中国

DFFTを推進することから、政府によるデータ管理の重要性や正当性を主張
(データローカライゼイションやガバメントアクセスなど)

米国

DFFTを推進することにより、中国のデータローカライゼイションが加速することを懸念

3.OECDにおけるDFFTの議論(2022年4月)

2021年後半から、DFFTを取り巻く状況が大きく変容することになった。
2021年10月8日、岸田首相の所信表明演説(*4)において「DFFTの実現」という文言が盛り込まれ、メディアでも再び注目を集めることとなった。

また2022年4月に開催されたOECD CDEP(デジタル経済政策委員会)傘下のプライバシー関連の作業部会(DGP)において、「DFFT」が議題に取り上げられた。第2回のDGP会議(4月8日)では、経産省の目黒統括補佐がプレゼンを行っており、以下が主な説明内容であった。
(1) 経済産業省は、DFFT実現に向けた取り組みとして、越境データ移転の実態を調査し、関係者が取り組むべき具体的施策を議論するために有識者会議を立ち上げた(*5)。
(2) DFFTの具体化については、国際的な政策としてプライバシーやセキュリティ、著作権保護など各国の状況に基づき規制に基づき、それらの規制ニーズを尊重すべき、と結論づけた。
(3) 専門家グループは、エビデンス(根拠など)に基づくアプローチが重要であるという前提に注目し、DFFTの具体化に関する政策提言を策定し、報告書として取りまとめて公開した。

4.G7デジタル大臣宣言(2022年5月)

議長国ドイツで開催されたG7デジタル大臣会合では、"Strong together"をテーマに、6分野の一つとしてDFFT(信頼性のある自由なデータ流通)の議論が行われた。日本政府は、2019年のG20大阪サミットで日本が提唱したDFFTのコンセプトを具体化するため、G7の連帯のもとでevidence-basedのアプローチに基づく、データの越境移転の現実に向けたプラグマティックな課題解決型を提案した。また特に、DFFTの具体化を更に押し進めるためには、政府だけでなく産業界をはじめ、データの利活用に関わる全てのステークホルダーの協力が重要であるとして意見交換が行われた。こうした議論を踏まえ、G7デジタル大臣宣言が採択され、更には付属書「DFFTの促進のためのG7アクションプラン」が策定された(*6)。

デジタル大臣宣言にDFFTが盛り込まれたことについて、外国のデータ保護当局のアナリストは、「DFFTは、これから我々が知るべき新しいデータ保護とプライバシーの概念であり、データフローを促進する非常に前向きな発展である。」とコメントしている。外国においても、DFFTが再び評価される引き金になったと捉えられている。
これら昨年後半からのDFFTの復活劇は偶然ではなく、2021年8月から国際室でDFFT推進を担当されている目黒統括補佐の功績が少なくないものと考えている。その取り組みについてヒアリングを行ったので、以下の通り記載する。

5.目黒統括補佐 インタビュー内容

(水島) 2019年1月の「ダボス会議」にて安倍首相が演説した際には、DFFTがキーワードとして採用されましたが、その時点では詳細内容は決定されていなかったと記憶していますが?
(目黒) 現在の組織に着任したのが昨年8月で、それ以来DFFTに携わっています。それ以前は、まずDFFTの概念について国際的な理解が広がっていく段階だったと思っています。これからはDFFTの概念が広まったので、これからはDFFTが実際にデータの越境移転に裨益する具体的な方法・制度を検討する段階です。企業や大学など、越境移転してデータを利活用したい人達に役立つ制度を作っていこうとしています。そういう意味では、2019年当時は具体化の進め方などの詳細よりは概念の議論が中心であったと思います。


(水島) G20当時からトラストの定義は、①セキュリティ、②プライバシー、③データ保護、④知的財産権となっていました。それ以降、具体的な議論が進んでいなかったと理解していますが?
(目黒) トラストの中身は特にこの4つに限られるわけではなく、 今後の技術発展などにより新しい規制などが出てくれば、それによりトラストの意味合いが変わってくると考えています。また、2019年時点でも概ねこの4つが代表的な要素であろうと考えられていただけで、今後はカテゴリーの数も増えたり減ったりするかも知れません。


(水島) 2019年当時、DFFTが他国から賛同を得られず海外展開が困難だったのでしょうか?
(目黒) まず賛同を得られなかったという経緯があったかどうか私自身は承知していません。現時点ではG7やG20の議論、あるいは個別に米国やEUなど各国と議論をしている中で、DFFT自体に反対という態度はありません。もちろん、DFFT自体が同床異夢を許すコンセプトでもあり、トラストをどうのようにとらえるかは各国毎に異なりうると思いますが、DFFTの基本的な概念自体に何か対立があったとは認識はしていません。G7/G20でも継続的にDFFTについて議論されています。例えば、2021年のUKにおけるG7でもDFFTロードマップが採択され、今年もドイツのデジタル大臣会合にてDFFTの推進を中核とするデータアクションプランが採択されました。


(水島) 2021年5月に内閣官房IT総合戦略室は、G7 DFFTロードマップで2023年G7日本会合を見据えた成果を目指すと記載しています。また、2021年10月の岸田首相の所信表明演説でもDFFT実現の内容が盛り込まれました。その背景には何がありましたか?
(目黒) 日本政府全体として、DFFT推進のプライオリティが付けられていることが非常に大きいと思っています。これは特にIT戦略だけということではなく、他の主要な文書、例えば閣議決定される成長戦略や包括的データ戦略などでもDFFTが記載されています。重要なのは、大阪トラックで合意されたDFFTの実現に資するトレードルールの交渉と、より包括的にデータの越境移転を推進しDFFTを具体化していく国際協力の推進、この両方をしっかりとプライオリティ付けして明確に記述していくことです。


(水島) 2022年5月のG7デジタル大臣宣言で再びDFFTの促進が明記され、また付属書としてDFFTのG7アクションプランが作成されました。これに至った最大の理由は何でしょうか?
(目黒) 2021年と今年の違いを言うならば、2021年まではトレードトラックにおけるDFFT推進の側面が強かったことがあります。もちろん2021年はデジタルトラックでもDFFTロードマップを策定しましたが、トレードトラックではデジタル貿易原則など国際ルール形成に直接的に影響のある原則が採択されました。歴史的経緯を申し上げるなら、2019年のG20で大阪トラックが立ち上げられた当時、基本的にWTOの電子商取引章の交渉として、トレードの世界として認識されていました。しかしDFFTの具体化というのは、トレードルールに加えて、データを利活用するために何ができるかというゴールから逆算して考える、それがある意味G7のデジタルトラックで議論され、それが少しずつ進化してきたことが大きな違いと考えています。

基本的に今年の成果は一般的な表現が多くなっております。しかし特筆するべき点としては、DFFTの議論の場の中心が、今までの「トレードトラック」から「デジタルトラック」に舵を切ったことです。日本としては、今年のドイツが舵を切り切った成果に基づいて、来年から具体的な制度の中身について交渉したいと考えています。


(水島) G7デジタル大臣宣言において、特にご苦労された点や重要な交渉ポイントはありましたか?
(目黒) 今年5月のドイツでのデジタル大臣会合では、まずドイツが最初にG7の議題を提出してきた中に「データ」が含まれていました。また、前年度のUKでもDFFTロードマップを立ち上げてくれて、DFFTを強力に推進するという姿勢が示されました。今年のドイツの会合においては、DFFTについてハイライトして欲しい点、何らかの具体的なアクションプランや成果などを含めて欲しい点を主張しました。

またG7のDFFTアクションプランについても、やはりドイツが議長国として、昨年に引き続き今年もデータ戦略が非常に重要な論点であると理解してくれました。日本が継続して掲げるDFFTの概念にも配慮してくれたものと考えています。DFFTは日本が提唱した概念ですが、それは日本の専売特許ではなく、様々な国が独自のDFFTを具現化し、それをOECDや他の国際機関なども自身のアジェンダとして取り上げていくことで進化するものだと思っています。どのようなトピックでも対立があるように、何らかの具体的合意にむけては調整が必要になります。まずはDFFTの概念が重要であり、G7などの合意文書に盛り込まれることは、ドイツだけではなく、UKでも引き継がれたことからも、我々の心は一つとして共に頑張った成果だと考えています。
OECDの委員会でもデータ戦略に関するプロジェクトを行っており、その成果もG7に反映したいと考えています。ドイツには独自のDFFTがあり、EUで議論が進んでいるインターナショナル・データ・スペースの考え方などとも関連づけて理解しているようです。


(水島) 今後、DFFTのコンセプトの具体化では、どのような検討が行われていくのでしょうか?
(目黒) 企業が抱える問題として例えば、規制の透明性がない、または規制が多すぎてどのように遵守すれば良いのかわからない等が挙げられています。また実際にデータを第三国移転する際には、まず相手国の法令が移転元の法令と同レベルの保護水準を保っていることを確認し、さらにデータの越境移転する先の相手企業が利用しているシステムがそもそもセキュアなのかを確認することが困難であると捉えられています。また、コンプライアンスコストを下げるため、有効な施策を求める企業からの声が寄せられています。

このようなニーズに応えていくため、国際制度、国際的な協力枠組み、何らかのそのポリシーメジャーズとは何かについて、「DFFT研究会」にてエビデンスベースで議論を進めているところです(*5)。そういったニーズを踏まえて、本当にそのような問題に対応するため、具体的な国際制度についてOECDとの共同研究をスタートします。また国内でも次期のDFFT研究会が6月に始まる予定で、専門家の皆様と議論して、デジタル庁や総務省などの関係省庁と緊密に連携しながら提案をまとめる予定です。


(水島) DFFTの具体化はどのようなステップで取り組まれていく予定でしょうか?
(目黒) 第一段階として、昨年までの第1期のDFFT研究会にて、企業のニーズやデータ越境移転とか、どういうライフサイクルでデータが取り扱われているかをしっかりと理解する所からスタートしました。現実的な課題として、移転先の法令を問題視するよりも、その間に生じる法令のギャップを埋めていくように、何らかの施策を考えるのが正しい方向性だというのが結論となりました。
第二段階として、第一段階のDFFT研究会で検討した成果をさらに国際的に広めるため、OECDと共同研究をすることを予定しています。世界中のデータを越境移転する現状を把握し、DFFT研究会の成果が国際的にも有効であるかを検討します。更に同時並行的に、日本のDFFT での進め方はデジタル庁と総務省と経産省の3省で協力しながら進めており、その成果とOECDでの検討結果をもとに日本政府一丸となって、来年のG7で提案できる内容について議論をスタートした所です。
第三段階は、各国の異なる法規制や、異なるガバナンスの間で、円滑にデータの越境移転が行われるような調整措置となる体制構築をG7で決定すること。それが2023年の5月ぐらいと考えています。

今まで我々は全く違う絵を見ながらDFFTが大事であると語っていました。しかしある程度の絵を揃えないと、具体的な制度を議論する際にギャップが生じるので、その絵を描くためにDFFT研究で検討を進め、OECDでも共同研究をスタートする所です。規制の問題は何であるか、規制の中身が問題なのか、それとも規制に透明性がないとか、もっと詳細を検討し協議することで、ステークホルダーに対して有効な制度が作れると思っています。何がセキュリティやプライバシーで重要なのかは主権的事項であり、共通のスタンダードを見つけることは難しいと考えており、そこに立ち入らずとも有効なデータ越境移転の方法が見つかるのではないか、というのがDFFT研究会やOECDとの共同研究をしている際に得た感触です。

今後、DFFTの具体化の方向性を示すことが重要と捉えており、日本としてもG7の次期議長国として、DFFTの概念を提唱した国として、最大限貢献していきたいと考えています。

6.おわりに

DFFTの概念の共通理解や方法論の具体化等は、非常に挑戦的でグローバル規模で解決すべき重大な課題であると捉えている。2023年5月頃に、どこまでDFFTの概念が具体化され、体制構築が進捗するのか期待し待望するものである。最後にご多忙の中、インタビュー対応や当該レポートのレビューにご協力いただいた目黒統括補佐をはじめ、経産省国際室の方々に深謝する。

一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)
電子情報利活用研究部 主席研究員  水島 九十九

- 個人データ保護法制等の国際動向、プライバシー対応の調査など
- ISO/PC317「Privacy by Design」 日本国内審議委員会事務局長
- APEC CBPR認証審査、Global CBPR制度の立ち上げ
- 認定個人情報保護団体事務局メンバー

■協会外の主な活動
- OECD BIAC(経済産業諮問委員会)日本代表委員
- 経団連 「デジタルエコノミー推進委員会」、 JEITA「個人データ保護専門委員会」メンバー
- JISA 「国際委員会」オブザーバー、 CFIEC 「DX推進事業」 TF2メンバー
- 電子情報通信学会 「倫理綱領検討WG」 委員
- APEC CBPR認証審査員、プライバシーマーク審査員、ISO/IEC 27001審査員補