一般財団法人日本情報経済社会推進協会

ナビゲーションをスキップ

EN

お問い合わせ

2022.12.16

レポート

本人に資するPHRサービスの在り方

-民間PHRサービスの品質と評価の観点からの考察-

一般財団法人日本情報経済社会推進協会
電子情報利活用研究部 上河辺 康子

1.PHRを巡る動向

保険医療分野のデータ利活用が進みつつある。信頼性のある自由なデータ流通“Data Free Flow with Trust”(DFFT)の重要性が国際的に認識される中、欧州委員会が2022年5月3日“European Health Data Space”(EHDS)の設立を提案、これにより、自身の健康に関するデータを自国に限らずEU加盟国内で管理し利用する(一次利用)とともに、EUのデータ保護水準に則り研究開発等へのデータ利活用(二次利用)のための枠組みが提供されるという。EUのデータ戦略は“European Common Data Spaces”構築を掲げており、重点分野のうちヘルスケア分野が先行して進められていると考えられる。日本においてはデジタル田園都市国家構想の下、マイナポータルを通じて自身の健康診断結果や服薬履歴等の健康保険データを閲覧する仕組みが構成され、データヘルス改革が示す工程表に則り、マイナポータルを通じて閲覧可能な情報は今後拡大することが期待される。また、マイナンバーカードと健康保険証の一体化による医療機関等との情報共有が推進されている。これらを含む医療分野でのDXを通じた保健医療の向上を目指し、医療DX推進本部が設置された(2022年10月11日閣議決定)。さらにこのような公的な基盤整備と並行して、民間事業者が健診等の情報を取り扱う場合の指針※1が整備され、PHR(Personal Health Record)を利用したサービスを提供する民間事業者が業種の垣根を越えて業界団体の設立宣言を行う※2など、民間事業者がPHRの利活用を通じて提供するサービス(民間PHRサービス)が着目されている。

2.PHRサービスとは何か

PHRは、健康に関する個人情報を、生涯にわたり本人が電子的に閲覧し管理することにより、本人の健康に関する意思決定に資する仕組みまたは仕組みを通じて管理されるデータを指す※3。本人の健康に関する意思決定に資する仕組みとは、具体的には、本人が自ら医療機関を受診した際の情報を閲覧したり、本人が健康に関する情報(ライフログ(歩数、運動、活動量 等)、食事、睡眠 等)を取得し管理したりすることにより、本人が健康に関する取組みを行うことを支援する仕組みである。この本人の健康維持や疾病予防を、本人を含む「顧客」のニーズに応じて何らかの形で支援するサービスがPHRサービスである。先述のマイナポータルを通じて自身の保健医療データを閲覧する仕組みは、公的なPHRサービスであるということができる。

3.民間PHRサービスの特徴

3.1 対象

民間PHRサービスで取り扱うデータは本人の健康に関するデータであり、マイナポータルが提供する健診等の情報、電子カルテや処方箋の情報に限定されず、本人のライフログ、食事、睡眠等、多様なデータが含まれる。また、PHRサービスは本人の健康維持や疾病予防を支援するサービスであり、PHRサービスの最終的な利用者は本人である。
一方、民間PHRサービスの顧客(サービス対象)には、大きく分けて、本人(BtoC)と、組織(BtoXtoC)がある。本人は民間PHRサービスの直接の利用者であると言える。組織は、本人が所属する組織であり、本人の勤務先や加盟する健康保険組合(BtoBtoC等)、本人が通院している医療機関(BtoMtoC)、本人が住んでいる自治体(BtoGtoC)などが考えられる。

3.2 顧客ニーズとサービス範囲

民間PHRサービスに対する顧客(本人、組織)のニーズは多様である。本人のニーズは、日常生活に支障はないが自身の健康に何らかの関心や不安がある場合から、本人が患者であり治療の支援(自身の治療に関連する情報の管理 等)を求める場合まで幅広い。組織においては、健康経営を通じた生産性の向上、医療費削減など、組織の課題改善に関連するニーズとなる。
民間PHRサービスの範囲と内容は、これらの顧客のニーズに対応するが、組織を顧客とする場合、組織の課題の改善を支援するサービス(経営支援、医療支援)の中に、組織に所属する本人向けのPHRサービスが含まれる場合がある。また、公的なPHRサービスとの連携支援や、民間事業者がインフラを構築しPHRサービスを含むサービス(情報銀行、スマートシティ・スーパーシティ等)を提供する場合もある。このため、民間PHRサービスの在り方の検討にあたっては、特定の形態や方法によらず、何らかの形で本人の健康維持や疾病予防を支援するサービス(健康維持・予防支援サービス)を、広く視野に入れる必要があると考えられる(図表1)。

図表1.民間PHRサービスの範囲

3.3 サービス提供者

民間PHRサービス提供者の業種・業態は、情報通信業、金融・保険業、製造業、小売業、生活関連サービス、娯楽業、専門サービス業等、さまざまである。また、子会社等の設立や複数事業者によるコンソーシアム等によるPHRサービスへの参入も見受けられる。さまざまな業種・業態のサービス提供者が、同様の顧客(本人、組織)に対し、同様のサービスを提供している(図表2)。
民間PHRサービス提供者は、必ずしもPHRサービス専業ではなく、PHRサービスの他に、本業の事業を持つ場合も多い。また、PHRサービスを含む事業全体のビジネスモデルや、PHRサービス提供を通じて取得した個人データの利用目的(例:自社商品・サービスに生かす、研究開発向けにデータを提供する 等)に応じてPHRサービスのマネタイズの仕組みも異なると考えられる。

図表2.民間PHRサービスの範囲(業種・顧客別)

4.PHRサービスに求められる機能

本人の健康維持や疾病予防を支援するサービスを提供するための主要な機能(以下、「主要機能」という。)には、少なくとも、①記録支援、②ダッシュボード、③データ連携・共有、④行動変容支援のための各機能が含まれると考えられる(図表3)。
①の記録支援は、PHRサービスの多くは、本人が自ら測定した数値や、自身の健康や体調に関する所感を記録し、記録した内容に応じてサービスを提供しているため、本人が必要な頻度で確実に記録することができるよう支援する機能である。②のダッシュボードは、収集した複数の本人の健康に関するデータを分析、加工し、数値、表、グラフ等により一覧表示する機能である。③のデータ連携・共有は、デバイス、他のデータベースと連携し、データをインプット/アウトプットする機能である。サービス内容により、医療機関、地域医療連携ネットワーク、マイナポータルとの接続の要否や中長期的に見た相互運用性などを視野に入れる必要がある。④の行動変容支援は、記録支援やダッシュボードを通じて把握した情報を、本人が、自らの健康の維持・予防や改善のために行動しようと思う、または行動を実行するよう働きかけを行う機能である。④行動変容支援には、1)専門家や本人の健康に関する行動を支援する人(家族、友人等)とのデータ共有やコミュニケーション手段の提供による支援、2)本人へのデータ分析結果等のフィードバック、行動変容に伴うインセンティブ付与、健康に関する本人のリテラシー向上の支援など、本人に対する直接の働きかけによる支援がある。
また、主要機能に加えて、PHRサービスの機能には、本人確認機能等の個人情報保護および情報セキュリティを満たすための機能は、個人情報を取り扱う他のサービスと同様に必須である。

図表3.PHRサービスの主要機能と機能例

5.本人に資するPHRサービスの品質評価の在り方

5.1 評価のための基準等

ヘルスケア産業におけるサービス・製品の品質の評価については、経済産業省次世代ヘルスケア産業協議会において、2014年に具体的な議論が行われ、この中間とりまとめ※4では、フィットネスクラブ等の健康運動サービスにおける品質評価の基準について、“サービスの提供体制の充足度等に関する「インプット評価」”、“消費者の行動変容の促進に関する「アウトプット評価」”、“消費者の健康状態の改善に関する「アウトカム評価」”の3つの評価軸により品質の評価を行うことが適当であることを示している。
民間PHRサービスもこの3つの評価軸で評価することができるが、本人(BtoC)および組織(BtoXtoC)の両方を視野に入れて評価する必要がある。特に、サービス提供者からみた直接の顧客が組織(BtoXtoC)である場合であっても、本人からみたサービスの充足度、本人の行動変容促進および健康状態の改善を視野に入れる必要がある。評価軸ごとに評価の基準と評価項目の例を図表に整理する(図表4)。

図表4.民間PHRサービスのサービス品櫃の基準および評価項目の例

  • 4 「次世代ヘルスケア産業協議会 品質評価 WG 中間報告」2014年6月5日、次世代ヘルスケア産業協議会(経済産業省)、Ⅱ.2.健康運動サービスにおける品質評価の基準

5.2 評価スキーム

評価スキームには、セルフチェック(自己宣言)、業界団体認証、第三者認証が考えられ、評価のための基準や項目はそれぞれ異なる。民間PHRサービスの評価においては、これらのスキームに加えて、サービス利用者評価およびサービス対象(組織)評価の在り方を視野に入れる必要がある。このうちサービス利用者評価の在り方はPHRサービスにおいて特に重要であるが、評価の在り方については、たとえば、サービス利用者(本人)のニーズに対する改善の有無を継続的に把握する等の効果測定や本人への意見聴取の在り方を視野に含める必要がある。
また、サービス提供に携わる多様な専門家、サービス提供者が利用するプラットフォーマー、スマートフォンのアプリケーションによるPHRサービスのアプリストア等のステークホルダーを含めた評価の在り方についても検討する必要がある。

6.本人に資する民間PHRサービスの在り方

健康は、本人の問題であると同時に社会の問題である。本人に資するサービスの充実に向けて、まず求められる事項は、ヘルスケア関連産業および医療の環境整備である。環境整備に向けての論点として、①医療機関等の支援とデータ標準化の在り方の検討、②関連する法令等に対するサービス提供者の理解の2点を挙げたい。①は、現在オンライン資格確認等システムの基盤整備が急ピッチで進められているが、シームレスな医療提供に向けては医療機関の電子カルテシステム導入や電子カルテ情報の標準化の促進も求められる。民間PHRサービスにおいても、これらの基盤整備を通じて、新規サービス開拓やサービス内容等の充実が期待される。②は、民間PHRサービスのサービス提供者においては、他のヘルスケアサービスと同様に医療、個人情報保護、消費者保護等に関する法令等への対応が必須であるが、PHRサービスは現状スマートフォンのアプリケーションを通じた提供が多く、これに関連する規制も関連する。PHRサービスのサービス品質の評価のための基準の検討にあたっては、これらの法令遵守を含め、実務レベルでの整理が必要と考えられ、今後の業界団体、関連機関の役割が期待される。
また、これと並行して、ヘルスケア分野における個人情報の取扱いに関する本人の権利の在り方にも目を向ける必要がある。冒頭で述べたEHDS設立の提案理由と目的では、加盟国によるGDPRの不均一な実施と解釈により電子健康データの二次利用が妨げられ、自然人が革新的な治療の恩恵を受けられず、政策立案者が健康危機に対応できない状況にあるとされている。また、提案ではモバイルアプリケーション等に言及し、民間サービスを視野に入れた検討が進められている。日本においては、要配慮個人情報の取得等にあたり本人の同意取得を原則とする一方、次世代医療基盤整備法の整備、改正個人情報保護法における仮名加工情報創設等、医療情報を含む個人情報の保護と利活用促進を両立するよう法整備が進められている。しかしながら、医療情報の二次利用における本人の同意取得の在り方については、未来の研究開発における利用目的の示しづらさや本人が何に同意しているかが理解しづらい等の課題が指摘され、二次利用固有のルールの在り方が検討されているところである※5。民間PHRサービスを通じて取得される情報は、医療情報と共に利活用される場面が想定される。国内において医療情報の取扱いに関する議論が進む中、EUのような海外情勢を視野に入れながらも、国内の民間PHRサービスにおけるデータ収集の状況に応じた検討が進むことが期待される。

  • 5 「医療分野における仮名加工情報の保護と利活用に関する検討会 これまでの議論の整理」2022年9月30日、厚生労働省
著者
一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC) 電子情報利活用研究部 上河辺 康子

■主な研究テーマ
- PHRに関する政策、産業及び本人の権利の在り方
- デジタル社会実現に関する国内政策
- 欧州におけるデータ政策
- 個人情報保護マネジメントシステムの在り方

■主な業務実績
- データ流通の国際戦略に関する調査
- ヘルスケアサービスにおけるデータ利活用に関する調査
- JIS Q 15001原案作成団体事務局
- 企業情報化動向調査(IT人材、IT統制など)

■主な活動
‐プライバシーマーク主任審査員
‐プライバシーマーク審査基準委員(保健医療福祉分野)
‐ISMS審査員補
‐外部研究活動への参加(ヘルスケア、Well-being、ウェアラブルセンサー など)
‐雑誌記事等の執筆(PHR、マイナンバー制度 など)

kamikoube