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2021.12.27

レポート

準天頂衛星システム「みちびき」を活用した位置情報

一般財団法人日本情報経済社会推進協会 電子情報利活用研究部
主査  松下 尚史

1.はじめに

2021年10月26日、準天頂衛星「みちびき初号機後継機」を搭載したH-IIAロケット44号機の打上げに成功したと報じられた。本誌を読まれる方々においては、準天頂衛星は、あまり馴染みのない話題かもしれないが、当協会では、わが国独自の測位衛星である準天頂衛星システム(愛称:みちびき)に関する取組みも行っている。

人類初の人工衛星は、1957年10月4日に、ソ連(当時)が打ち上げた「スプートニク1号」であり、96分で世界を一周することに成功した。その後、人類初の宇宙飛行が、1961年4月12日、ソ連の「ボストーク1号」に搭乗したソ連のユーリー・ガガーリンによって実現され、1969年7月20日には、アメリカの「アポロ11号」に搭乗したニール・アームストロング船長とバズ・オルドリン月着陸船操縦士2名が、人類で初めて月面に降り立った。わが国では、1970年2月11日、東京大学宇宙航空研究所が鹿児島宇宙空間観測所からL-4Sロケット5号機により打ち上げられた「おおすみ」が最初の人工衛星である。

「スプートニク1号」から半世紀以上が経過し、世界の宇宙産業の市場規模は、2019年時点で3,660億ドル1、2040年までには1兆ドル以上に拡大する2と言われる成長産業となっている。わが国においては、2017年時点の市場規模は約1.2兆円とされており、市場拡大のポテンシャルが高いことから、2030年前半までに宇宙産業の市場規模を倍増することを目指し、さまざまな取組みが進められている3

宇宙基本計画4において、宇宙システムは、「位置・時刻・画像情報や通信機能を提供するなど、その実現に不可欠な社会のデジタル化・リモート化を、安全を確保しつつ実現する基盤であり、より一層経済社会への明確な貢献が求められる」ものとされている。

Society5.0の実現を目指すわが国において、宇宙システムは、地上システムと連携し、ビッグデータの重要な構成要素となる3次元測位データや地上のさまざまな状態を捉えるリモートセンシングデータを提供する上で、非常に重要な位置を占める。また、災害大国と呼ばれるわが国では、地上の状況に左右されずに機能が継続し、広域な観測や通信が可能な宇宙システムのポテンシャルは大きい。

そうした中、自動走行等の実現や、地理空間情報が高度に活用される社会基盤の確立に向けて、高精度な位置情報を活用した宇宙利活用ビジネスの進展が期待されている。このような分野で高精度な衛星測位サービスを提供するのが、準天頂衛星システム(QZSS: Quasi-Zenith Satellite System、愛称:みちびき)である。

1 http://uchuriyo.space/snet/aichi2021/assets/pdf/snet2021aichi_cao.pdf
2 https://www.morganstanley.com/Themes/global-space-economy
3 宇宙政策委員会「宇宙産業ビジョン2030」
https://www8.cao.go.jp/space/vision/mbrlistsitu.pdf
4 宇宙基本計画(令和2年6月30日 閣議決定)
https://www8.cao.go.jp/space/plan/kaitei_fy02/fy02.pdf

2.準天頂衛星システムの概要

準天頂衛星システムは、2006年から文部科学省・宇宙航空研究開発機構(JAXA)、総務省、経済産業省、国土交通省が連携し、世界初のセンチメートル級衛星測位の実現を目指して、開発が開始された。2010年9月の初号機打上げ後、「実用準天頂衛星システム事業の推進の基本的な考え方」(平成23年(2011年)9月30日閣議決定)に基づき、2017年2月28日をもって、JAXAから内閣府に運用が移管された。その後、2017年に2号機、3号機、4号機の打上げに成功し、現在4機体制となり、2018年11月1日よりサービス提供を開始した。初号機開発から12年を経て、センチメータ級測位を実現している。

現在の準天頂衛星システムは、衛星系システムと呼ばれる宇宙空間に配備された3機の準天頂軌道衛星と1機の静止軌道衛星からなる4機の準天頂衛星と、地上系システムと呼ばれる地上に配備された主管制局、監視局、追跡管制局から構成される。

図表1.準天頂衛星システムの全体概要<

図表1.準天頂衛星システムの全体概要5

5 https://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/keizai_senryaku/pdf01/5.pdf

準天頂衛星は、静止衛星軌道6を45度傾けた準天頂軌道を周回する衛星を中心として構成することから準天頂衛星と呼ばれており、準天頂軌道衛星の軌道高度は日本上空で約40,000km、オーストラリア上空では約32,000km7となるような軌跡を辿る。これは日本の天頂(真上) 付近(おおむね仰角70度以上)で約8時間の滞在時間を確保するためである。

また、準天頂衛星の地上直下点が描く軌跡が8の字であることも特徴である。これはGPS(米国)、Galileo(欧州)、GLONASS(ロシア)、BeiDou(中国)が全世界を対象にしたものであるのに対し、準天頂衛星はRNSS(Regional Navigation Satellite System、リージョナルナビゲーションサテライトシステム、地域航法衛星システム)であり、特定地域を対象にしたものであることから、このような8の字の軌跡を描き、日本を中心としたアジア・オセアニア地域をサービス提供範囲としている。

図表2.準天頂軌道と静止軌道、および準天頂軌道衛星の地上軌跡

図表2.準天頂軌道と静止軌道、および準天頂軌道衛星の地上軌跡6

2023年度をめどとして、準天頂衛星システムの7機体制が確立されると、日本上空に必ず衛星4機が存在する状態を維持できるようになり、米国のGPSに依存せず、持続測位が可能となる。

6 静止軌道衛星は、赤道上空約36,000kmの周回軌道(静止軌道)を、地球の自転と同じ速度で運行しており、地上からは常に上空の1点に止まって見える。
7 米国が運用するGPS(Global Positioning System)は、約20,200kmとされている。

3.準天頂衛星システムが提供するサービス

準天頂衛星システムが提供している主なサービスは、以下のとおりである。

図表3.準天頂衛星システムが提供する主なサービス

図表3. 準天頂衛星システムが提供する主なサービス8

8 https://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/keizai_senryaku/pdf01/5.pdf

①衛星測位サービス9
準天頂衛星システムからGPSと同一周波数・同一時刻の測位信号(L1C/A、L2C、L5)を送信し、GPSと一体となって、測位精度を向上するサービス

②測位補強サービス
■サブメータ級測位補強サービス(SLAS)10
国内監視局(13局)での観測データを用いて、電離圏遅延や軌道、クロック等の誤差の軽減に活用できる情報を準天頂衛星システムから送信し、誤差を軽減することによって、誤差1m以内での測位を実現するサービス
■センチメータ級測位補強サービス(CLAS)11
国土交通省国土地理院が全国に整備している電子基準点のデータを利用して補正情報を計算し、現在位置を正確に求めるための情報を準天頂衛星システムから送信し、誤差数cmの測位を実現するサービス

③メッセージサービス
■災害・危機管理通報サービス「災危通報」12
サブメータ級測位補強サービスと同じくL1S信号を使用し、気象庁が提供している防災気象情報などを独自のフォーマットに変換して、4秒間隔で送信するサービス
■衛星安否確認サービス「Q-ANPI」13
災害時における避難所の情報(避難所の位置、開設情報、避難者数などの避難所の状況など)を準天頂衛星システム経由で管制局に送信するサービス

④その他
L6E信号を用いた海外向けサービスであるMADOCA(Multi-GNSS Advanced Demonstration tool for Orbit and Clock Analysis)14や、L1Sb信号を用い、航空機などに対して測位衛星の誤差補正情報や不具合情報を提供するSBAS(衛星航法補強システム)信号を配信するサービス15なども提供している。

9  https://qzss.go.jp/overview/services/sv04_pnt.html
10 https://qzss.go.jp/overview/services/sv05_slas.html
11 https://qzss.go.jp/overview/services/sv06_clas.html
12 https://qzss.go.jp/overview/services/sv08_dc-report.html
13 https://qzss.go.jp/overview/services/sv09_q-anpi.html
14 https://qzss.go.jp/info/information/madoca_171206.html
15 https://qzss.go.jp/overview/services/sv12_sbas.html

4.準天頂衛星システムの活用事例

「みちびき(準天頂衛星システム)」においても、多くの活用事例が紹介されている16。それらの活用事例の中で代表的なものとしては、以下のようなものが挙げられる。

■物流分野での活用
▶センチメータ級測位補強サービスをドローンの自律飛行制御に活用し、ドローンによる個人宅などへの貨物輸送の実現を図る。
▶サブメータ級測位補強サービス対応の無線ICタグモジュールと管理者向けアプリにより、コンテナやシャーシの駐車位置情報をスマートフォンアプリで管理し、コンテナを探す手間を省力化することで物流の効率化を図る。
 
■自動運転分野での活用
▶センチメータ級測位補強サービスを車載センサーや高精度3次元地図と組み合わせることで、道路と自車の正確な位置関係や先の道路の曲率、勾配などの道路形状を把握し、高速道路のナビ連動ルート走行やハンズオフ走行の実現を図る。
▶センチメータ級測位補強サービスを活用して、オペレーターの運転操作を支援する除雪作業支援システムの実証実験を開始している。

■農業分野での活用
▶センチメータ級測位補強サービスを活用したトラクターの自動走行の実現を図る。(某ドラマのモデルにもなっている17。)

このようなドローン、自動運転車、自動運転トラクターなどの自車位置推定のために、⾼精度地図や⾞載センサー等と組み合わせて、GPS等とともに準天頂衛星システムも活⽤されている。

GPSのみの測位では、誤差が5m~10mと言われており、自動走行での利用は非常に困難であったが、準天頂衛星システムの提供するサービスを活用することにより、測位精度が格段に向上する。衛星測位で得られる位置情報は、特に絶対位置の推定には必要不可欠であるため、みちびきによる測位が高精度化・安定化することは大きなメリットとなっている。2021年には国土交通省より自動運転レベル3の型式認定を取得した世界初量産車が発売されるなど、その実装が進んでいる18

また、こうした衛星測位の高度化を受け、国土地理院においては、2021年4月1日より新しい解析手法によって、電子基準点日々の座標値19が最新の衛星や測地基準座標系等に対応した、より高精度な位置情報として提供されるようになり、また、国土交通省主導の下、Society5.0の基盤として期待される世界水準の3D都市モデルがオープンデータとして順次公開20されるなど、地図の高度化に資する取組みも進み、衛星測位との高度な組合わせを用いたサービスの実現が期待される。

さらに、準天頂衛星システムでは、信号認証技術の整備が進んでいる。信号認証は測位信号に含まれる航法メッセージが本物であることを「電子署名」技術により証明するものであり、2023年度までに実施することが計画されている21。取得できる位置および時刻情報の信頼性が高まることから、ドローンや自動運転車両の運行管理、食品・医薬品等のトレーサビリティ、盗難品の追跡などへの活用の他、ブロックチェーンと組み合わせてサプライチェーンにおける品質管理の活用にも考えられる。また、シェアリングサービスにおいても、利用者IDとシェアされるモビリティ(たとえば自動車)のIDを紐付けることで、利用者がシェアしたモビリティをどのように使ったかというような利用状況が信頼性の高い情報として確認できるようになることも考えられる。そのような情報を、自動車保険などにおいても活用することが考えられる。

16 https://qzss.go.jp/usage/userreport/index.html
17 北海道大学リサーチタイムズ https://www.hokudai.ac.jp/researchtimes/2018/12/post-3.html
18 https://qzss.go.jp/info/archive/honda_210517.html
19 地図は過去のある時点の情報であり、その時点から地殻変動等によって、地図と現在の状態にズレが生じることから、電子基準点における日々の変動を把握するために提供している。
  https://www.gsi.go.jp/eiseisokuchi/eiseisokuchi61007.html
20 PLATEAU
  https://www.mlit.go.jp/plateau/
21 https://qbic-gnss.org/wp-content/uploads/2021/05/21_wg4_01-02.pdf
 2023/4追記)2022年12月の内閣府の発表によると、本サービスは2024年度のサービス開始を目指し開発が進められている。
  https://qzss.go.jp/overview/services/sv14_sas.html

5.おわりに

準天頂衛星システムを活用した精度の高い位置情報、高精度な地図(3次元含む)データなどの活用は、Society5.0の基盤となるものである。現在は、実証実験段階の取組みが多く、実装された取組みはまだ少ない。また、われわれが身近なサービスとして、生活の中で触れることができるものはさらに少ない。

デジタルデバイドなSociety5.0の実現のためにも、多くの方々がこのような取組みに触れ、そこから多くのアイデアが生まれてくることが期待されている。


一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)
電子情報利活用研究部 主査  松下 尚史


青山学院大学法学部卒業後、不動産業界を経て、2018年より現職。経済産業省、内閣府、個人情報保護委員会の受託事業に従事するほか、G空間関係のウェビナーなどにもパネリストとして登壇。その他、アーバンデータチャレンジ実行委員。
実施業務:
自治体DXや自治体のオープンデータ利活用の推進
プライバシー保護・個人情報保護に関する調査
ID管理に関する海外動向調査
準天頂衛星システムの普及啓発活動 など